【フィリピン】腸弱にとってのフィリピン滞在

腸弱って言葉を知っていますか?知らない人はとても幸せな人。知っている人とは語り合いたい。

食について、フィリピンに対してはどんなイメージをお持ちですか?水が危ない?ストリートフードが危ない?ローカルレストランが危ない?その通りですね。しかし私はそんな事を気にする必要はありません。なぜなら日本に居ながらにしてお腹を壊しまくっていた腸弱エリートだからです。同じ腸弱エリートの友人と朝まで飲み明かした事もあります。

月1で来るアレ

日本にいる時にでも月1で強烈な腹痛に襲われていました。別に何か悪いものを食べた記憶もないのですが、3時間ほどトイレにこもり出れなくなることがありました。そんな私がフィリピンに来てどうなったのかを紹介します。

初めてのフィリピン、空港についた瞬間くるアレ

もうね、空気だけでクダルとか信じられないですよね。これが腸弱エリートたる所以です。食べ物、飲み物に気をつけてとか言われていたけど、空気だけでクダルとか完全に盲点だったことでしょう。腸弱の皆さん、フィリピンに来たら空気にも気をつけてください。

英語学校での生活

私が初めてフィリピンに長期滞在をしたのは英語学校に所属していた時です。この英語学校は寮制で、私の場合、3ヶ月間は許可なしで外出はできないとても厳しい学校でした。で、そんな英語漬けの生活をしていると自然とバッチメイト達とどっか遊びに行こうという話になるわけです。

フィリピン、泊まりでの外出、海、団体行動、長距離移動

腸弱にとっては腰を抜かすワードばっかりですね。

そんな中、既に学校中に私が腸弱エリートであることが知れ渡っていたある日、女の子と話しているとこんな事を話してきました。

「お母さんがいろいろ送ってくれたんですけど、その中に正露丸が入ってたんですよ。でも私は腸強なので全然元気、だからこれ、あげます」

あぁ、天使ってこんな感じなのだろうか。無神論者である私ですが、この時は神の存在を少しだけ信じてみようと思ってすぐ辞めました。

それから私が遊びにいく時は正露丸を肌身離さず携帯し、毎食後、大量に服用する事で危機を乗り切ってきたのでした。

そんなある日、1人の男の子が私に向かって、僕、あの女の子を怒ってきましたよ。と興奮気味に話してきました。私は天使に向かってなんで怒る必要があるんだ、あの子は私に神の存在を感じさせる寸前までいかせた方だぞ!と逆に彼に怒ったところ、彼は静かに話し始めました。

あの子が薬をかばまるさんに渡してからオーヴァードーズ気味じゃないですか、だからあいつさえ薬を渡さなければこんな事にはならなかったと思うんです。僕、かばまるさんの事、心配なんですと。

あれ、この子、結構いい大学いってたよな。もしかしてオーヴァードーズ気味かな?と思ってたのですが、確かに正露丸は毎食後、ちょっと多めに飲む人なんて滅多にいないに気づき、ちょっと正露丸を抑えてみようかな、と思ったのでした。

マニラへ移動、月1のアレはパワーアップ

学校を無事卒業、そして今後の生活をどうするかを考えつつも私はマニラに滞在していました。当然、月1のアレは来ていたのですが、日本にいた時とは違う壮絶な月一のアレを経験することになりました。

上からも下からも三日三晩のカーニバル

強烈な吐き気と下痢。それが三日三晩続きました。当然その時は1人だけでしたし、死を覚悟しました。

あぁ、こんな異国の地で、私はここで朽ちるのか。誰も助けてくれない。病院に行くこともできない。腸弱エリートの私は腸弱によって死ぬ。それが運命なのか、そうか、こんな時、この言葉を使うのか、アーメン。とか考える余裕もない私は薬局へ行き、既に私にとってお馴染みになった英単語、ダイアリア(diarrhea)を連呼し、ある薬をもらったのでした。

正露丸を超えるヤク、ダイアタブス(diatabs)

基本的にフィリピンの薬は日本では認可が出ないほど、強力な薬が売っているとされています。フィリピン下痢止め薬の雄、ダイアタブスがそれに該当するのかはわかりませんが、これがびっくりするほど効きます。

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カーニバルの件は後に食中毒であったことがわかったのですが、とりあえず体は大分この薬によって楽になりました。

そして現在

フィリピン滞在早3年。相変わらず月1のあれは来るものの、以前と較べて大分ましになって来たように感じます。
そしては私はローカルレストランやストリートフードを結構食べます。たまにカーニバルになりますが、それは宿命として受け入れています。

いや、検査いかないとな。いきたいな。たぶん行くと思う。